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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)49号 判決

アメリカ合衆国ニューヨーク州

12345 スケネクタデイ リバー・ロード 1

原告

ゼネラル エレクトリックカンパニイ

代表者

ジョセフ エス トリポリ

訴訟代理人弁理士

田中浩

荘司正明

木村正俊

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

北村明弘

遠藤政明

及川泰嘉

吉野日出夫

"

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成6年審判第16849号事件について平成7年10月12日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

アールシーエー・コーポレーションは、昭和58年12月26日に名称を「積層型光検知器」とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願(昭和58年特許願第252397号。1983年4月27日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権主張)をしたが、平成6年6月24日に拒絶査定がなされたので、同年10月11日に査定不服の審判を請求し、平成6年審判第16849号事件として審理された結果、平成7年10月12日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年11月23日アールシーエー・コーポレーションに送達された。なお、アールシーエー・コーポレーションのための出訴期間として90日が附加されている。

原告は、1987年12月31日にアールシーエー・コーポレーションを吸収合併し、平成8年3月5日、特許庁長官に対しその旨の届出をした。

2  本願発明の要旨(別紙図面A参照)

基板上に連続的に積層された関係で配列された複数のpin型単位セルからなり、各pin型単位セルは一方が他方の上に積層される態様で配置されたp型ドープ層とn型ドープ層とを含み、さらにこれらの各ドープ層相互間にそれぞれのドープ層に隣接して実質的に真性導電型の層が介在しており、隣合う単位セル相互の対向部におけるドープ層が互いに逆の導電型であり、隣合う単位セル間の対向部において現れる各ドープ層のバンド幅エネルギが、このドープ層に隣接する実質的に真性導電型の層を構成する材料のバンド幅エネルギよりも大である、積層型光検知器

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、その特許請求の範囲(1)に記載された前項のとおりと認める。

(2)  これに対して、昭和57年特許出願公開第79674号公報(以下、「引用例1」という。別紙図面B参照)には、特にFIG.11及びこれに関する16頁左上欄18行ないし左下欄18行の記載から明らかなように、シリコンを含む非晶質半導体からなるp-i-n型の太陽電池の複数個を、各単位電池間に分離層、すなわち隔離層を介在させずに縦列接続した多重電池素子が記載されている。

また、昭和56年特許出願公開第96879号公報(以下、「引用例2」という。別紙図面C参照)には、「本発明は基板上に設けられた半導体の一表面にのみ〈+〉電極(以下、「+電極」と表示する。)となるP領域と〈-〉電極(以下「-電極」と表示する。)となるN領域とを選択的に設け、作製の容易かつ構造の簡単な光変換装置に関する。本発明は基板上に第1の半導体層を設け、その上側に第2の半導体を第1の半導体と同一材料またはこれに酸素、窒素または炭素をさらに添加した広いエネルギバンド巾を有する如くにして形成したものである。特に第2の半導体を第1の半導体に比して広いエネルギバンド巾を有せしめる場合は電極近傍が実質的にW-N構造(WIDE-TO-NALLOW構造)を有せしめ光励起により発生した電子・ホール対のうち+極に電子がまた-極にホールが拡散してしまうことなく、+極にはホールのみをまた-極には電子のみを拡散・集合せしめんとしたもので、光電変換効率の向上をはかろうとしたものである。」(2頁左上欄2行ないし19行)、「第2図(A)より明らかな如く、ホールは(14)へ、また電子は(15)へと拡散してゆき、もしホールの一部が(10)へと拡散した場合は第2の半導体の広いエネルギバンドにより、はねかえされてしまい-極近傍での電子との再結合を禁止している。同様に電子の+極近傍でのホールとの再結合が第2の半導体(9)により禁止している。このことより本発明は光の入射に対し広いエネルギバンド巾を実効果として有するのみではなく、電子・ホールのそれぞれに対し広いエネルギバンド巾が好ましく寄与しておりひとつの半導体層(第2の半導体)により実質的にW-N-Wのサンドイッチ構造をつくることができたことが大きな特徴である。その結果第2の半導体を第一の半導体と同一のエネルギバンド巾としたものと比べ70~200%の変換効率の向上がみられAMIにおいて12~16%を得ることができた。」(4頁左上欄8行ないし右上欄4行)と記載されている。

したがって、引用例2には、p-i-n構造の光電変換装置において、i層のエネルギバンド巾よりも広いエネルギバンド巾を有するp層及びn層とすることにより、p層及びn層を少数キャリアに対する障壁とすることにより変換効率を向上することが記載されていると認められる。

(3)  本願発明と引用例1記載の発明とを対比すると、引用例1記載の「多重電池素子」は本願発明の「積層型光検知器」に相当するから、本願発明の表現に即して表現すれば、両者はともに、

「基板上に連続的に積層された関係で配列された複数のpin型単位セルからなり、各pin型単位セルは一方が他方の上に積層される態様で配置されたp型ドープ層とn型ドープ層とを含み、さらにこれらの各ドープ層相互間にそれぞれのドープ層に隣接して実質的に真性導電型の層が介在しており、隣合う単位セル相互の対向部におけるドープ層が互いに逆の導電型である、積層型光検知器」

である点で一致する。

しかしながら、本願発明が、隣合う単位セル間の対向部において現れる各ドープ層のバンド幅エネルギが、このドープ層に隣接する実質的に真性導電型の層を構成する材料のバンド幅エネルギよりも大であるのに対し、引用例1には、各ドープ層とこれに隣接する真性導電型の層とのバンド幅エネルギの関係については記載されていない点において、両者は相違する。

(4)  この相違点について検討する。

本願発明において、隣り合う単位セル間の対向部に現れる各ドープ層のバンド幅エネルギが、このドープ層に隣接する実質的に真性導電型の層を構成する材料のバンド幅エネルギよりも大であるようにするのは、各ドープ層が接している真性導電型層(この真性導電型層は、この層とこれに接している互いに導電型の異なるドープ層により構成される単位セルの、光活性層である。)において光照射により生成された電子・正孔対のうち電子のみがn+層へ、正孔のみがp+層へ拡散し、n+層への正孔の拡散、及び、p+層への電子の拡散を阻止する障壁となるようにして、光検知器の変換効率を向上せしめるためであるが、このようにセルの真性導電型層に接する各ドープ層における少数キャリアに対して障壁となるように、各ドープ層のバンド幅エネルギを真性導電型層のそれよりも大きなものとしておくことは、引用例2に記載されている。

そして、引用例2記載の技術的事項を引用例1記載の複数のpin型光検知器を縦列接続した積層型光検知器に適用した場合に奏される作用効果も、当業者が予期し得たものにすぎない。

(5)  したがって、本願発明は、引用例1及び引用例2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

各引用例に審決認定の技術的事項が記載されていること、本願発明と引用例1記載の発明が審決認定の一致点及び相違点を有することは認める。しかしながら、審決は、相違点の判断を誤り、かつ、本願発明が奏する作用効果の顕著性を看過した結果、本願発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  引用例2記載の技術内容について

審決は、相違点に係る本願発明の構成は引用例2に記載されている旨を説示している。これは、引用例2記載の技術的事項を引用例1記載の発明に適用することは容易であったという趣旨と解されるが、この判断は誤りである。すなわち

引用例2には、基板(1)の表面に形成した実質的に真性導電型の第1の半導体(2)の上面に、第1の半導体よりもエネルギバンド巾(以下、「バンド幅エネルギ」という。)が広い第2の半導体(3)を形成し、第2の半導体(3)に穿った開口(7)と(8)から、それぞれp型不純物とn型不純物をドープすることによって、

a +電極(14)→広いバンド幅エネルギ(W)のp型領域(9)→狭いバンド幅エネルギ(N)のp型領域(19)→狭いバンド幅エネルギ(N)の実質的真性半導体(2)→狭いバンド幅エネルギ(N)のn型領域(20)→広いバンド幅エネルギ(W)のn型領域(10)→-電極(15)の構造(以下、「構造a」という。)

と、

b -電極(15)→広いバンド幅エネルギ(W)のn型領域(10)→狭いバンド幅エネルギ(N)のn型領域(20)→狭いバンド幅エネルギ(N)の実質的真性半導体(2)→狭いバンド幅エネルギ(N)のP型領域(19と同等)→広いバンド幅エネルギ(W)のn型領域(9と同等)→+電極(14)の構造(以下、「構造b」という。)とを、横方向に構造a→構造b→構造aの順序に(したがって、対向する電極が共通になるように)並べた構成が記載されているのみである。換言すれば、引用例2記載の発明は、光電変換装置を「p層、i層及びn層の積層構造」にせず、「ひとつの半導体層(第2の半導体)により実質的にW-N-Wのサンドウィッチ構造を作ること」(4頁左上欄19行ないし右上欄1行)を特徴とするものである。

したがって、引用例2には、「セルの真性導電型層に接する各ドープ層における少数キャリアに対して障壁となるように、各ドープ層のバンド幅エネルギを真性導電型層のそれよりも大きなものとしておく」という技術的思想を、複数のpin型単位セルを縦方向に積層する構造に適用することは、示唆すらされていない。引用例2記載の前記構成は、構造aと構造bを交互に横方向に連ねるものの製造には適しているが、本願発明あるいは引用例1記載の発明のように、複数のpin型単位セルを縦方向に積層する構造のものの製造には適用できない。

この点について、被告は、審決の「引用例2には、p-i-n構造の光電変換装置において、i層のエネルギバンド巾よりも広いエネルギバンド巾を有するp層及びn層とすることにより、p層及びn層を少数キャリアに対する障壁とすることにより変換効率を向上することが記載されている。」、「セルの真性導電型層に接する各ドープ層における少数キャリアに対して障壁となるように、各ドープ層のバンド幅エネルギを真性導電型層のそれよりも大きなものとしておくことは、引用例2に記載されている」との認定を原告は争わないのであるから、原告の上記主張は矛盾している旨主張する。

確かに、原告は、引用例2に上記の技術的事項が開示されていることは争わないが、そもそも引用例2記載の発明は、前記のように、複数のpin型単位セルを縦方向に積層する構造に換えて、これと実質的に同一の動作特性を示す平面的な光電変換装置を作るという特殊な技術的課題を解決するために創作されたものである。したがって、引用例2の記載から、各ドープ層とこれに隣接する真性導電型層の各バンド幅エネルギに関する技術的思想のみを抽出し、これをわざわざ複数のpin型単位セルを縦方向に積層する構造に適用するという考えは、およそ生ずる余地がないのである。

(2)  引用例1記載の技術内容について

引用例1記載の発明は、「太陽電池の如き光電池を含む特殊な光感応性の用途のための特殊なバンド・ギャップを有する多重電池の光感応合金素子」(2頁右下欄13行ないし16行)を対象とし、従来技術における非晶質の光起電作用素子の非最適スペクトル応答性を克服することを目的として、少なくとも2つの電池を有する多重電池において、少なくとも1つの電池合金がバンド・ギャップ調整元素を有し、他の電池合金とは異なる特定の光応答波長関数に対して調整されたバンド・ギャップを有するように構成したものである。そして、FIG.11のカスケード状多重光電池素子(206)を構成する電池(207a)、(207b)、(207c)の真性層(211a)、(211b)、(211c)のバンド幅エネルギは、前者から後者へ小→中→大となるように(いわば、勾配的に変化するように)構成されている。

したがって、引用例1のFIG.11に記載されている構成は、複数のpin型単位セルを縦方向に積層した点においては本願発明の積層型光検知器と一見似ているが、引用例1記載の発明は、あくまでも複数の真性層のバンド幅エネルギの関係を特徴とするものであって、引用例1には、真性層とそれに隣接する各ドープ層のバンド幅エネルギの関係に関しては何らの言及もない。

(3)  相違点の判断について

以上のような引用例2及び引用例1記載の技術内容からすれば、引用例2記載の技術的事項を引用例1記載の発明に適用するという発想には、何らの根拠もない。

この点について、被告は、審決は引用例2から電荷キャリアの損失防止に関する基礎的な技術手段を援用しているのであって、実施例として記載されている具体的な方法を援用しているのではない旨主張する。

しかしながら、審決が引用例2から援用したのは、「特に第2の半導体を第1の半導体に比して広いエネルギバンド巾を有せしめる場合」(2頁左上欄9行、10行)における各ドープ層とこれに隣接する真性導電型層の各バンド幅エネルギに関係する技術的思想であるから、被告の上記主張は当たらない。

また、引用例1記載の発明と引用例2記載の技術的事項との組合わせからは、むしろマイナスの作用効果が予測されるのであって(特に、引用例1記載の発明が特徴とする複数の真性層のバンド幅エネルギの関係を損なうことなく、引用例2記載の技術的事項を適用し得るかは疑問である。)、電荷キャリアの後方拡散による損失が防止され光電変換効率が向上するという、本願発明が奏する顕著な作用効果は予測困難であったと考えるべきである。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

(1)  引用例2記載の技術内容について

原告は、引用例2には横方向に構造a→構造b→構造aの順序に並べた構成が記載されているのみである旨主張する。

しかしながら、原告は、審決の「引用例2には、p-i-n構造の光電変換装置において、i層のエネルギバンド巾よりも広いエネルギバンド巾を有するp層及びn層とすることにより、p層及びn層を少数キャリアに対する障壁とすることにより変換効率を向上することが記載されている。」、「セルの真性導電型層に接する各ドープ層における少数キャリアに対して障壁となるように、各ドープ層のバンド幅エネルギを真性導電型層のそれよりも大きなものとしておくことは、引用例2に記載されている」との認定を争わないのであるから、原告の上記主張は矛盾しているというべきである。

そして、原告は、引用例2には「セルの真性導電型層に接する各ドープ層における少数キャリアに対して障壁となるように、各ドープ層のバンド幅エネルギを真性導電型層のそれよりも大きなものとしておく」という技術的思想を、複数のpin型単位セルを縦方向に積層する構造に適用することは示唆すらされていない旨主張する。

しかしながら、引用例2の第2図には、pin構造において正孔(ホール)及び電子の電荷キャリアがどのように移動するかがエネルギバンド図を用いて示されている。すなわち、引用例2の4頁左上欄8行ないし右上欄4行に記載されているように、光照射によりi層において生成された正孔と電子のうち、正孔は、価電子帯(一点鎖線の下)においてp層側の+電極(14')へ向かって拡散し、電子は、伝導帯(一点鎖線の上)においてn層側の-電極(15')へ向かって拡散するが、図(B)記載のようにp層(9')及びn層(10')が隣接するi層よりも大きなバンド幅エネルギを有する場合は、正孔の一部が反対側のn層(10')へ向かって拡散(本願明細書にいう「後方拡散」)しようとしても、n層の大きなバンド幅エネルギを越えて拡散し得ず、-電極近傍における正孔と電子の再結合が禁止される結果、引用例2の2頁左上欄2行ないし15行に記載されているように、+電極には正孔のみ、-電極には電子のみを拡散集合させて、光電変換効率を向上し得ることが明らかにされているのである。

そして、正孔のみをp層へ、電子のみをn層へ拡散させるために、正孔のn層への後方拡散、及び、電子のp層への後方拡散を抑制してドープ層での再結合による損失を防止する構成においては、pin構造における各層のバンド幅エネルギの大小関係のみが問題なのであって、pin構造が本願発明あるいは引用例1記載の発明のように縦方向に積層されたものであるか、引用例2記載の発明のように横方向に積層されたものであるかは無関係であるから、原告の前記主張は失当である。

(2)  引用例1記載の技術内容について

原告は、引用例1のFIG.11に記載されている構成は複数の真性層のバンド幅エネルギの関係を特徴とするものであって、引用例1には真性層とそれに隣接するドープ層のバンド幅エネルギの関係に関しては何ら言及がない旨主張する。

しかしながら、原告は、本願発明と引用例1記載の発明が「基板上に連続的に積層された関係で配列された複数のpin型単位セルからなり、各pin型単位セルは一方が他方の上に積層される態様で配置されたp型ドープ層とn型ドープ層とを含み、さらにこれらの各ドープ層相互間にそれぞれのドープ層に隣接して実質的に真性導電型の層が介在しており、隣合う単位セル相互の対向部におけるドープ層が互いに逆の導電型である、積層型光検知器」である点において一致するとした審決の認定は争っていない。そして、本願発明は複数の真性層のバンド幅エネルギの関係を要旨とするものではないから、原告の上記主張は、審決の認定判断が誤りであることの論拠とはなり得ない。

(3)  相違点の判断について

原告は、引用例2及び引用例1記載の技術内容からすれば引用例2記載の技術的事項を引用例1記載の発明に適用するという発想の根拠がなく、またそれによって奏される作用効果も予測困難であった旨主張する。

しかしながら、引用例1には、前記のように「基板上に連続的に積層された関係で配列された複数のpin型単位セルからなり、各pin型単位セルは一方が他方の上に積層される態様で配置されたp型ドープ層とn型ドープ層とを含み、さらにこれらの各ドープ層相互間にそれぞれのドープ層に隣接して実質的に真性導電型の層が介在しており、隣合う単位セル相互の対向部におけるドープ層が互いに逆の導電型である、積層型光検知器」が記載されている。一方、引用例2には、前記のように、pin構造の光電変換装置においてi層のバンド幅エネルギよりも大きいバンド幅エネルギを有するp層及びn層によって少数キャリアに対する障壁を形成し、光電変換効率を向上する技術が記載されているが、この技術が、およそpin構造を有する光電変換装置ならば、広く適用し得ることは明らかである(審決は、引用例2から、電荷キャリアの損失防止に関する基礎的な技術手段を援用しているのであって、実施例として記載されている具体的な方法を援用しているのではない。)。したがって、引用例1記載の積層型光検知器において、電荷キャリアの後方拡散による損失を防止し、光電変換効率を向上しようとする場合、公知の引用例2記載の技術手段を適用してみることは、当業者にとって当然の事項というべきである。

そして、引用例2記載の技術的事項を引用例1記載の発明に適用することによって奏される作用効果は、電荷キャリアの後方拡散による損失が防止され光電変換効率が向上するという当業者ならば容易に予測し得たものにすぎないから、相違点に係る審決の判断に誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)、3(審決の理由の要点)、及び、各引用例に審決認定の技術的事項が記載されており、本願発明と引用例1記載の発明が審決認定の一致点及び相違点を有することは、いずれも当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証(特許願書添付の図面)、第4号証(平成4年7月14日付け手続補正書添付の補正明細書)、第5号証(平成5年4月1日付け手続補正書)及び第6号証(平成6年11月9日付け手続補正書)によれば、本願明細書には本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が次のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。ただし、平成5年4月1日付け手続補正書による字句の訂正については、記載箇所の摘示を省略する。

(1)  技術的課題(目的)

本願発明は、後方拡散によるキャリア損失の少ない複数個のpin型単位セルより成る積層型(タンデム)光検知器に関するものである(補正明細書2頁7行ないし9行)。

米国特許第4064521号に開示されている光検知器は、それぞれ約5ないし50nmの厚さのp導電型層とn導電型層との間に挟持された比較的厚い(例えば、約500nm)真性導電型のアモルファス・シリコンより成り、p導電型層又はn導電型層のいずれかを通して光が入力するように構成されているが、単一セル光検知器は、被照射時の動作電圧が通常約0.7~0.9ボルトの範囲にある(同2頁11行ないし3頁3行)。

この動作電圧を増大させるには、それぞれがpin構造を有する複数個のセルを一つの基板上に積層した積層型(タンデム)光検知器とすることが有効であって、この構造では、1個のセルのp導電型層が、それに続くn導電型層に近接している。電流は、主として各セルの真性導電型層の中で発生し、電荷再結合によって光検知器内部のpn接合を通して各セル間で流れる(同3頁3行ないし11行)。

積層型光検知器における電流発生効率は、とりわけ、光により発生したキャリアの後方拡散と、その結果、主にドープ層中で生ずるキャリア再結合による損失によって失われる電荷の量によって決まる。本願発明の技術的課題(目的)は、このような損失のメカニズムを減少させ、電流発生効率を高めた積層型光検知器を提供することである(同3頁12行ないし18行)。

(2)  構成

上記の目的を達成するために、本願発明は、その要旨とする構成を採用したものである(平成6年11月9日付け手続補正書3枚目2行ないし10行)。

すなわち、それぞれp導電型ドープ層、真性導電型層、n導電型ドープ層より成る複数のpin型単位セルを、隣り合う単位セルの対向部における両ドープ層が互いに逆導電型となるように構成し、上記対向部における各ドープ層は、それに隣接する真性導電型層よりも大きなバンド幅エネルギを有するようにしたものである(補正明細書4頁1行ないし8行)。

(3)  作用効果

個々のセル内における電荷移動のメカニズムは、ドリフト成分と拡散(ディフユージョン)成分の両者による。個々のセル中における電荷ドリフトと反対向きに生ずる拡散は、典型的にはドープ層内における再結合によって、光によって生じたキャリアの損失をもたらし、装置の総合効率を低下させる(補正明細書7頁15行ないし8頁1行)。

本願発明は、後方拡散による電荷キャリア損失の大きさを低減するために、隣り合ったpin型単位セルの対抗部に近接している各ドープ層を、適当な導電型変換用ドープ材を持ち、かつ、上記隣り合った各単位セル中の真性導電型層を構成する材料のバンド幅エネルギよりも大きなバンド幅エネルギを有する材料で形成しているから、対向部へ拡散する電子に対する障壁が生じ、それによって電荷キャリアの損失量を減少できる(同8頁2行ないし11行)。

2  引用例2記載の技術内容について

引用例2に、審決認定のとおり、「p-i-n構造の光電変換装置において、i層のエネルギバンド巾よりも広いエネルギバンド巾を有するp層及びn層とすることにより、p層及びn層を少数キャリアに対する障壁とすることにより変換効率を向上すること」、「セルの真性導電型層に接する各ドープ層における少数キャリアに対して障壁となるように、各ドープ層のバンド幅エネルギを真性導電型層のそれよりも大きなものとしておくこと」が記載されていることは、原告も認めて争わないところである。

しかしながら、原告は、そもそも引用例2記載の発明は複数のpin型単位セルを縦方向に積層する構造に換えて、これと実質的に同一の動作特性を示す平面的な光電変換装置を作るという特殊な技術的課題を解決するために創作されたものであるから、引用例2の記載から、各ドープ層とこれに隣接する真性導電型層の各バンド幅エネルギに関する技術的思想のみを抽出し、これを複数のpin型単位セルを縦方向に積層する構造に適用するという考えはおよそ生ずる余地がない旨主張する。

検討するに、本願発明が「隣合う単位セル間の対向部において現れる各ドープ層のバンド幅エネルギが、このドープ層に隣接する実質的に真性導電型の層を構成する材料のバンド幅エネルギよりも大である」構成を採用したのは、前記認定のとおり、光照射によって真性導電型層に生じた電荷の個々のセル内における移動はドリフト成分と拡散成分の両者によって行われるが、ドリフトと反対向きに生ずる拡散(後方拡散)はドープ層内における再結合によって電荷の損失をもたらすとの知見に基づき、後方拡散による電荷の損失を低減するため、各ドープ層のバンド幅エネルギを真性導電型層のバンド幅エネルギよりも大きくし、後方拡散に対する障壁とすることを意図したものであることが明らかである。そして、このような電荷損失防止の原理が、複数のpin型単位セルを積層した構造のものにおいてのみならず、個々のpin型単位セル中においても同様に機能することは、技術的に自明の事項である。したがって、本願発明が光検知器の動作電圧を増大するために採用した複数のpin型単位セルを縦方向に積層する構成と、電荷の損失を防止するために採用したpin型単位セルの各ドープ層のバンド幅エネルギをその間に介在する真性導電型層のバンド幅エネルギよりも大きくする構成とは、それぞれ別個の技術的意義を有するものであって、両者は技術的に不可分のものではない。

そうすると、光検知器の動作電圧を増大するため複数のpin型単位セルを縦方向に積層する構成を採用している引用例1記載の発明に、さらに電荷損失の防止を企図して、公知の引用例2記載の技術手段を適用することは、当業者ならば容易に想到し得た事項にすぎないと考えることができる。引用例1記載の発明が複数の真性層のバンド幅エネルギの関係を特徴とするものであること、及び、引用例2にその技術手段を複数のpin型単位セルを縦方向に積層する構造に適用することが記載ないし示唆されていないことは、上記の判断を左右する要素とはなり得ないというべきである。

そして、引用例1記載の発明に引用例2記載の技術手段を適用することによって得られる作用効果は、それぞれが別個に奏する作用効果を合わせたもの以外には考えられないから、当業者ならば当然に予測し得た範囲内であることが明らかである。

3  以上のとおりであるから、相違点に係る審決の認定判断は正当であって、本願発明の進歩性を否定した審決に原告主張のような誤りはない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための期間附加について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面A

〈省略〉

10・・・・積層型光検知器、12・・・・基板、18・・・・反射防止被覆、24・・・・第1pin型単位セル、32・・・・第2pin型単位セル、26、34・・・・第1層(p型ドープ層)、30、38・・・・第2層(n型ドープ層)、28、36・・・・真性層、40・・・・対向部。

別紙図面B

本図は、本発明による非晶質半導体合金を各々が含む複数個のP-i-n形太陽電池からなる縦列状即ちカスケード状の多重電池素子の部分断面図。

〈省略〉

別紙図面C

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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